大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和25年(う)115号 判決

被告人

大野乙矢

主文

原判決中無罪の部分を除き原判決を破棄する。

本件を靑森地方裁判所八戸支部に差し戻す。

理由

弁護人橫山敬敎の控訴趣意第一点について。

原判決は被告人が原田慶一、前森巖と喧嘩し所携の肉切庖丁で同人等に切り付け、各治療約二十日を要する切創を與えた事實を認定し、これが証拠として被告人の原審公判廷における供述、医師の右被害者等に対する診断書の記載、肉切庖丁の存在等を以てしていることは所論の通りである。仍つて案ずるに、凡そ喧嘩を爲す鬪爭行爲は、互に対手方に対し、同時に攻撃及防禦を爲す性質を有するものであつて、その一方の行爲のみを不正侵害なりとし、他の一方の行爲のみを防禦の爲にする正當の行爲と解すべきものではないのであるから、これが刑の量定に當つては、その原因及結果等(殊に本件においては、被告人も負傷していることが記録上認められるのであるから、その受傷程度や相手方が如何なる刑事上の処分を受けているか等)につき審理を盡した後でなければ、被告人の本件傷害行爲につき妥當な結論には到達し得ないものと謂わねばならない。然るに原審は、これ等の点に關し、何等の審理を爲すことなく、被告人に対し懲役三年の實刑を以て臨んだのは、審理不盡の違法があると謂うべきである。

(弁護人橫山敬敎の控訴趣意第一点)

原判決(昭和二十四年七月十一日靑森地方裁判所八戸支部言渡)には事実を誤認し從つて又法令の適用を誤つた違法がある。

原判決は被告人が昭和二十三年六月初め八戸市大字小中野町字新町路上で原田慶一、前森巖と喧嘩し肉切庖丁で兩人を切りつけ原田に対し右頬部右眉部切創(治療二十日間)前森に対して右頬部下口唇に切創(治療二十日間)の傷害を負わしめた事實を認定し(右判決文事實の項)被告人の所爲を以て單純に傷害行爲と看做しこれに対し刑法第二百四條を適用して居るが事実は右の認定とは大に趣を異にするものがあるのである即ち被告人が原田慶一及び前森巖と喧嘩をしたこと及び右兩名に若干の傷を負わしたことは事実であるがその斯かる結果を招來するに至つた所以のものは原田等數名の者(原審公判調書中被告人の供述記載によれば四名以上の不良の徒が衆を恃み謂れなく被告人に附き纒い殊更喧嘩を吹き掛け就中右の者の内一名は匕首を持して被告人に切り掛かつて來たため被告人においては不本意乍らも自己の身体生命の安全を防衞するため已むを得ずこれに抵抗したものである(公判調書中被告人の供述記載)から刑法第三十六條に所謂正當防衞として違法性を阻却するものと信ずる。

原審公判調書によれば被告人及び弁護人から右の趣旨の主張があり又原判決においても被告人及び原田等が喧嘩した事実を認定しているにも拘らず原審においてはこの点について何等の審理を遂げることなく又判決においてもこの点に対し何等の判断も與えて居らぬのである原審においては單に原田慶一及び前森巖の兩名に対する医師の診断書と被告人の使用した肉切庖丁の存在とを以て被告人が右兩名に傷害を與えた事実の証拠として居るのであるがこれは單に被告人の行爲に因つて右兩名が傷害を受けた事実を立証するに足る丈であつてその傷害が如何なる原因事情の下に發生するに至つたものであるかを明かにするに足らないのである。原判決は前記のように本件事故の發生原因を被告人と原田等との喧嘩に在ると認定するのであるが凡そ喧嘩なるものは事の性質上當事者の一方のみが全然正しく他方が全然不正であるとも言い難く双方共夫々相當の言い分があることを通常とするものであるから事の原因事情及經過等の眞相を審かにするためには當事者の双方を公判廷に喚問してその証言を得る位のことは目撃者等有力なる第三者的証人の存在せざる場合事件審理上必要最少限度の要請であるべきに拘らず事茲に出でなかつた原審は少くとも審理不盡の誹を免れないばかりでなく被告人及弁護人の前記の主張に対する何等の反証もないに拘らず理由なくこれを無視して居るのは裁判における採証上の一般原則に背き延いて事実を誤認し法令の適用を誤るに至つたものと思料する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例